2012年4月14日土曜日

平成18年版 国民生活白書 本文 第1章 第2節


平成18年版 国民生活白書 本文 第1章 第2節

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第2節

若年者の適職探しをめぐる壁

適職探しに向けた挑戦を始める若年者が増加しても、そのための機会が十分開かれていれば、再挑戦しやすい社会と言える。しかし前節で示したように、適職探しに成功する若年者はそれほど増えておらず、若年者の挑戦意欲は十分活かされているとは言えない。その要因の一つが、再挑戦するための機会を閉ざすいわば「壁」の存在である。本節では「企業の採用慣行」と「若年者の能力開発」に焦点を当て、そうした壁について分析を行う。

1.企業の採用慣行に関わる要因

若年者の「適職探し」の壁に関わる問題を考えるに当たって、まず若年者を取り巻く労働市場と企業の採用行動について見てみよう。

30代半ば頃までの若年正社員の採用は、大きく二つの類型に分けて考えることができる。一つは新卒者採用市場であり、職業経験のない者を対象としていることから、主にコミュニケーション能力や一般常識などの基礎的な知識・能力、潜在的な能力や訓練可能性などに基づいて選考される。もう一つは職業経験で培った知識や技能によって選考される中途採用市場であり、主に特定の分野で即戦力として期待される職務経験者が採用対象となる。

もちろん実際の採用市場は両者の中間的な形態も含め多様であるが、知識や経験の蓄積途上にある若年者の採用市場を考える上で、職業能力の有無に焦点を当てることは有益である。以下では、若年者採用市場における企業の採用行動が、若年者の適職探しに対してどのような影響を及ぼしているかについて検討する。

●新卒一括採用慣行には功罪両面がある


波を望んでいる男の子

我が国に特徴的な正社員の採用方法として、新卒一括採用、つまり高校や大学の新卒者を年度初めに一括して採用するという慣行が挙げられる。20〜24歳の入職者に占める新卒者の割合は、従業員数1,000人以上の大企業においては60%程度であり、多少の変動はあるものの、1990年代以降大きく変わっていない(第1−2−1図)。それに比べると従業員数300人未満の中小企業の新卒採用割合は低いが、90年代初めの17%程度から2004年には約47%へと傾向的に増加してきている7。また、多くの企業が今後新卒採用の割合を増やしていきたいとしている(第1−2−2図)。

こうした新卒一括採用慣行は、「適職探し」という観点からは功罪の両面がある。人々は原則として一生に1回しか「新卒」となれない。企業の採用が新卒に過度に偏っていると、新卒のときに不本意な就職をした若年者が捲土重来を期そうとしても、中途採用枠が限定されているためにそれが困難となってしまう。

第1-2-1図 若年者採用市場で一定の割合を占める新卒採用

第1-2-2図 企業は新卒採用の拡大に意欲的

7

これらの割合は、厚生労働省「雇用動向調査」の「一般労働者」を正社員とみなして算出しているが、この「一般労働者」には正社員と労働時間が変わらないパート・アルバイトも含まれている。パート・アルバイトは既卒での採用の割合が高いことから、上記の数字は、正社員だけの場合の新卒割合より低くなっている可能性がある。


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一方で、新卒一括採用は若年者の円滑な雇用に一定の役割を果たしてきた。在学中から就職についての様々な情報が得られ、卒業前に就職先が決まり「無業」というリスクを避けられることは、学生にとって大きな利点である。また高卒者や、大学でも理工系の分野では、学校が、面接などだけでは分かりにくい学生の能力や適性についての情報を適切に企業側に伝える役割を果たしている。例えば、高卒採用のみ実施している企業にその理由を聞くと、約3割の企業が「高校との関係で良い人材を確保できるから」を挙げている(付図1−2−1)。こうした新卒一括採用における学校の情報伝達機能が、学生の就職を円滑化させてきたという面もある。

仮に中途採用の割合が増加すると、それは適職探しのための再就職の機会を増やすが、そのために新卒採用が減少するのであれば、就職できなかったり意に反してパート・アルバイトとなったりする若年者が増えてしまう。このように、新卒一括採用慣行の若年者の適職探しに対する影響は一概に論じられない。

●問題は「新卒枠」の運用

新卒一括採用慣行では、概して[1]卒業さえしていなければ、大学受験の際のいわゆる「浪人」や留年による一定程度の遅延は問題視されない、[2]いったん卒業してしまうと、留年などの有無や卒業後の年数にかかわらず新卒としては採用されない、といった基準が一般的である。つまり、いわば「卒業前の回り道」に寛容であるのに対して、「卒業後の回り道」があると新卒としては対象外となってしまう。このため学卒後無業であったり、パート・アルバイトとして働いていたり、ボランティア活動をしていたり、あるいは、正社員でも入社後2〜3年程度で転職を志す若年者は、「新卒」としては選考されないことになる。近年、いわゆる「第二新卒」8を新卒採用枠で扱う企業も存在するものの、多くが若年既卒者を新卒採� �の対象とはしていない(第1−2−3図)。このような「新卒採用市場」に入れない若年者は、どのようにして適職探しを行えば良いのであろうか。後述するように、新卒市場ではない中途採用市場では、多くの場合職務経験や専門的能力が重視されるため、数年の社会人経験やパート・アルバイトの経験しか持たない若年者は不利となってしまう。

したがって、職業能力の蓄積が不十分な若年既卒者の多くは新卒採用枠からは締め出される一方、ある程度の職務経験が必要とされる中途採用市場にも入れないといった状況に陥ることになる。


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第1-2-3図 多くの企業が若年既卒者を新卒と同じ枠では採用していない

8

一般的に、学卒後、数年間、就職以外の活動をしたり、就職した会社を数年で辞めたりした後、企業に就職しようとする者を指す。

●企業はなぜ「新卒」にこだわるのか

なぜ、企業は新卒にこだわるのだろうか。企業に新卒一括採用のメリットを聞くと「社員の年齢構成を維持できる」、「フレッシュな人材を確保できる」、「定期的に一定数の人材を確保できる」といった点を挙げている(第1−2−4図)。このように、企業は自社の中核を担う人材を確保するために、他社の文化に染まっておらず、育てやすい人材を求めるとともに、定期的に一定の人材を採用して社員の年齢構成にゆがみを生じさせないという観点から新卒採用を重視していると思われる。

しかし、実際には経済環境の好不況によって新卒採用数は大きく増減しており、新卒採用が社員の年齢構成を維持する効果は限定的である。また、フレッシュな人材を求めるとされる点についても、学卒後働いていない若年者や短期間働いただけの若年者にも当てはまることから、効果に疑問が残る。

もちろん、先に述べたように新卒一括採用慣行は大企業においてより一般的に見られるものであり、多様な採用方式を重視する企業は多数存在する。しかし、ここで述べたような「新卒」枠の厳格な適用は、若年既卒者の適職探しを阻む一因となっている。企業が新卒採用枠を一定範囲広げれば、若年既卒者の適職探しに寄与するだけではなく、多様な人材の確保につながるなど、企業も多くのメリットを得られることができるのではないだろうか。

第1-2-4図 新卒一括採用を行う理由は、育てやすい基幹的人材を確保するため

 

コラム 「スーパースター」への挑戦


芸能人やスポーツ選手などのいわゆる「スーパースター」になろうと、日夜努力を続ける若者たちがいる。言うまでもなく、そうした挑戦が成功する確率は極めて低い。しかし、若いときにそうした一時期を持つことは、個人にとっても意義深いとともに、社会全体にも大きな利益をもたらす。

「スーパースターの経済学」でも分析されているように9、スーパースターのしばしば天文学的な報酬は、テレビやCD、インターネットなどを通じて、彼/彼女の「芸」が広く世界中で享受されることを反映している。そうした傾向は技術の発展とともに、今後ますます強まっていくであろう。そうした、全世界の人々が楽しむことができる芸術を生み出す「スーパースター」は、なるべく広い範囲の「候補者」から選ばれることが望ましい。より多くの候補者が競い合えば、より優れたスーパースターが誕生するに違いない。

そのとき、極めて低い成功確率であるにもかかわらずどれだけ多くの人々がチャレンジするかは、「社会がどれだけ再挑戦しやすいか」に大きく依存するだろう。スーパースターになれず「夢破れた」ときに、職業技術を学び直すことなどによって違う進路でやり直すことができれば、志のある若者は比較的安心して小さな可能性に賭けることもできるだろう。そうではなく、「やり直し」の環境が整っていない場合は、スーパースターへの挑戦ができるのは経済状況などに恵まれた一部の人々だけになってしまう。それは個人にとって残念なことであるとともに、スーパースターへの道の「競争率」が下がり、結果として勝ち残ったスーパースターの質も低下してしまう可能性がある。

このように、再チャレンジの容易な社会は、個人個人の若者にチャンスを与えるために有益であるのみならず、より質の高いスーパースターを世界が見出すという意味でも重要なのである。

 
9

S. Rosen, "The Economics of Superstars,"American Economic Review, vol. 71, 1981.



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